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趣味人 はやちゃんの日記

趣味のハンドメイドルアー・そしてルアーフィッシングに始まり。バイクに車に多趣味な日常をつづっています。

沢庵禅師と春雨庵

今回は歴史の勉強です^^ 上山城を訪れもう一つ行きたい所が有りました! それが上山城から南へ1キロほどに有る、江戸時代から残る建物です グリムス ⇒ 地球温暖化 沢庵禅師が暮らしていた庵(いおり) 「春雨庵」です。 沢庵禅師・・・・ 沢庵漬けの考案者とか、宮本武蔵の師匠で有るとかで有名な沢庵禅師 「山形に沢庵禅師が住んでいたの?」 そう思われる方も多いでしょうね! 時は江戸時代 三代将軍 徳川家光の時代です 寛永6年(1629)の「紫衣事件」にて、その首謀者とされる沢庵和尚が 出羽の国 上ノ山へと流罪されます それこそが現在の山形県上山市です そして当時の上ノ山藩主 土岐頼行は、沢庵禅師の権力に与しない生き方 「心さえ潔白であれば身の苦しみなど何ともない」 そんな姿にうたれ、歌人でもあった沢庵禅師に草庵を寄進しました。 沢庵禅師は春雨に煙る草案をいたく気に入り、ここを春雨庵と名づけます 上ノ山藩主 土岐頼行は藩政への助言を仰ぐなどして沢庵禅師を厚遇したと伝えられています。 沢庵禅師といえば 最期を迎えたときに弟子達に 「墓も葬儀もいらぬ、お経もあげるな」 そう告げると

「 夢 」
この一文字を残したと言う逸話が自分は好きです (もうかっこいいな〜と・・・^^) 「春雨庵 門構え」 春雨庵 門
春雨庵 門 posted by (C)はやちゃん 「春雨庵」 春雨庵
春雨庵 posted by (C)はやちゃん 「沢庵禅師が愛した庭」 沢庵禅師が使用した井戸跡
沢庵禅師が使用した井戸跡 posted by (C)はやちゃん 左側に写る竹の覆いがかけて有るところが井戸の跡です! 庭もセンスがいいです!! 玄関をくぐり目に付いたのが 沢庵漬け 石碑
沢庵漬け 石碑 posted by (C)はやちゃん 「沢庵漬け 名称発祥の地」なる石碑です 上山で育った自分ですから本当なら嬉しいのですが これには諸説があって 江戸時代、漬物を称して 「たくわえ漬け」と呼ばれていました 徳川家光が東海寺に沢庵禅師を訪れた際、ダイコンのたくわえ漬を供したところ、家光が気に入り、 「たくわえ漬にあらず沢庵漬なり」 と言ったのが始まりとか 徳川家光も沢庵禅師も関係なしに 「たくわえ漬け」がなまって 発音が似ていたのでいつしか 「沢庵漬け」になったとか また、自分が小学生の頃、担任の先生の実家が上山の禅宗のお寺でした そこに伝えられていると言う 「冬期間の食べ物のない時季にも食べられる食物はないか?」 当時の上山の民の暮らしを見て心を痛めた沢庵禅師が考えた食べ物 それこそが 「沢庵漬け」なんだと!! 実際は分かっていないようです なのでこの石碑は上山に残る言い伝えを信じて山形の漬物組合だのが建てた石碑のようです。 そしてこの石碑の所から遠くに蔵王の山が見えます 現在は民家が邪魔してカメラに収めるのには厳しいので、ちょっとだけ春雨庵からは離れた所から撮影した蔵王の山です 「蔵王山 春雨庵から望む」 春雨庵からの蔵王山
春雨庵からの蔵王山 posted by (C)はやちゃん この春雨庵は民家が立ち並ぶ中に建っているんです なので現在は、こんなふうには蔵王の山が見られないのですが、沢庵禅師はこんな感じの蔵王を見ていたと思います!! 「春雨庵 全景」 春雨庵 全景
春雨庵 全景 posted by (C)はやちゃん 最後に宮本武蔵の小説の中では武蔵が色々と沢庵禅師に教えを請う場面が有りますが・・・・ 歴史上、沢庵禅師と宮本武蔵の接点はないようです!

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